二卵性のふたご日記

2011年新築、2012年9月双子出産の日記です♪

知らないことばかり

父親が入院をして治療を開始したのですが、知らない世界が多いです。

私、てっきり抗がん剤というのは毎日投与するのかと思ってたんですが、

たった1度、点滴で入れたら終了なんですね。

3週間の入院なんですが、あとは副作用とかを見るだけなんだそうです。

副作用も出る人、出ない人、強く出る人、弱く出る人、人それぞれだし、

抗がん剤も日進月歩で、1ヶ月前、1ヶ月後で認可も変わってくるようなんですよね。



私なりにネットで、いろいろ調べたりもしましたが、

一般的な副作用や効能は書いてあるものの、その先に見えるものが何なのか分からなくて。

同じように抗がん剤治療をされた方のブログを読んでも、これまた人それぞれだし

必ずしも良い結果になるブログばかりではないので、あまり読みたくないんですよね。



今のところ、父親に副作用らしきものは出ていないようで

ただ退屈、ただヒマ。

それが一番みたいで、それを考えると可哀想だな~と思います。

ご飯も美味しくないらしく、楽しみ半減だと思います。

土日は母親がお昼ご飯を作って持って行っています。



こうやって父親が病気で入院をしていること、実は未だに信じられないというか、

何か他人事というか、何かピンとこないというか。

今もですが「父親が病気になるとは思ってなかった」というのが強いんですよね。

病気になるような人ではないと思っていたので、まさか…なんですよね、今でも。



でも、こうやって親が病気になり入院をして思います。



地元にいて良かった



遠いとやきもきする。

すぐに病院に行けないし、病院なので電話も出来ないのでメールのみで、状況も分かりにくいと思うけど

近いと、電話は出来ないけど、気になればすぐに行ける。

顔を見て5分でも10分でも話せば満足なんですよね。



ただ私は何をする訳でもないんですよ。



病院に付き添って行くわけでもないし、父親の病状を先生から聞くわけでもない。

診療方針に関して質問するわけでもないし、こうして欲しいと言う訳でもない。

父親の病気の状況は母親から聞いたり、あとは説明の時に病院から貰ったと思われる書類を読んで

「そうなのかー」と。

それを覚えて家に帰ってネットで調べるくらい。

基本的に、先生の話を聞いたりは弟がしています。

何かそれでいいのかな…と。

弟の役割?弟がそうしたいのであれば、そうしたらいいと思う。

私は…出来ない気がします。

(弟からしたら「少しは病院へ行って話しでも聞いてみろよ」って思うかもしれんけど…)

私は、お見舞いに行って、ちょっと話をして「そいじゃね」と帰るだけ。

それでいいのか?と思うけど、何かそれでいいのかなと。

深く考えないように、それを悟られないように、あくまでも普通に過ごすことが一番な気がします。

それに、父親もあまり私には言わないし。

どちらかと言うと弟にあれやこれや言っているんじゃないのかなと。

分かりませんが、そういう気はしています。

娘の役割、息子の役割、それぞれだと思うのですが、私なりに娘としての役割をしていこうとは思います。



あと、私が人のブログを読まないようにしている理由は、

ほぼ100%近い確率で残念な結末を迎えているから。

父親の強運で、普通に病気と共存して長生きするんじゃないか…とすら思っているので、

そこで、そういうブログを読みたくないんですよね。

私の中で保っているものが崩れるのがイヤなので、なるべくいい状態(プラスな考え)で

病気と闘う家族としていたいんですよね。

とは言っても、気持ちの浮き沈みもあるので、いつもプラスではありませんが。



とりあえず、抗がん剤1クールが早く終わらないかなと。

今回の抗がん剤が少しでも効いてくれればいいな。

それを願うのみ。

でもまた、少ししたら2クール目が始まっちゃうんだよね。

闘病ってこういう事を言うんだなーと実感しているところです。


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  1. 2017/03/27(月) 15:44:38|
  2. 父親の闘病記
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もう自由にしていいと思う

父親の話になります。



最初の病院は脳の病院でした。

そこでガンマナイフ(ガン細胞を打ち砕く…というイメージです)をした翌日に退院をしました。

家に帰って、その日は家族全員集まり、鍋をしました。

父親、楽しかったと思います。



そしてここからは諸悪の根源である肺がんの治療。

転院をして、問診。

そして内視鏡でガンの組織を取って、病理検査をする予定でした。

が、失敗。



父親は鼻血がすごいんです。

本当に止まらないらしく。

私も鼻血が出やすいの、そこは父親譲りなのですが、父親の鼻血の量は半端ないらしいです。

で、内視鏡をしていたら出血し、それから逆流。

窒息してはいけない…ということから中止となりました。



そして耳鼻科へ行き、鼻の奥を焼いてもらい出血をしにくくしてもらい、

再度、内視鏡をすることになりました。

が、また失敗。



病院側としても、これ以上は内視鏡をしても同じことの繰り返しになるからと、

背中から針を通して、そこから組織を取ることになりました。



そして同時に、主治医の先生から父親の現状について話がありました。



肺がん、ステージⅣ

脳転移、肝転移、その他転移があるかは検査

完治はない、ガンと共存していく形



父親は

「あとどれくらい生きられるんですか」

と先生に聞いていましたが、先生は

「それは分からない。神様のみ知ることだから。僕たちはよくなるように頑張るだけ」

そんな感じのことを言っていました。



私は父親の後ろに立って話を聞いていたのですが、父親がすごくすごく小さく感じました。

ショックは受けていたと思います。

話が終わり、弟が父親を連れて外に出たのもあるのですが、

それ以降、顔は見れませんでしたし、実は話もしていません。



たぶん。

父親は覚悟をしていると思います。

残された時間が少ないということを。

言いませんが、そうだと思うし、母親がそんな感じの事を言っていました。



父親と弟が外に出て行ったあと、私は先生にあることを尋ねました。

「実はまだタバコを吸ってるんですが、先生から止めるように言ってもらえませんか?」

先生は

「そっか。吸ってるか」

と、話を始めたのですが、それから

「余命なんですがね…」

と。

命の期限を聞かされました。

もちろん母親も一緒に聞きましたが驚きはしませんでした。

脳の病院でも同じ期限を言われていたので。

そして

「もう自由にさせてあげてもいいと思うんです。吸いたいなら吸ってもいいし、

 止めようと思うならそうしてもいいし、本人がやりたいようにさせてあげたらいいと思うんです。

 僕らが“止めなさい”というのは簡単だけど、それで患者との関係が悪くなるほうが

 今後の治療やその後に悪影響だから。

 それに、そんな人はたくさんいます」

そう、仰いました。



今まで母親は強く強く父親に言っていましたが、

「もう、タバコのことは言わん」

と言ってました。



まだまだスタートラインにも立ってない父親の治療。

今後、どうなっていくのか、さっぱり分かりません。

でも少しでも楽しく、少しでも後悔のないように…

結局は、いつもと変わらない日々を過ごしたい。

そう思ってます。



土曜日、バレンタインを実家に持って行こうと思います。

ちょっと前に父親が

「モンブランが食べたいんじゃ」

と言っていたので買って行こうかなと。








訪問して頂きありがとうございます。
実は今日、その肺に針を通して組織を取る手術というか、処置があります。
私は行きませんが…(薄情と思わないでください)仕事帰りに子供たちと行ってこようと思います。
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  1. 2017/02/10(金) 07:00:00|
  2. 父親の闘病記
  3. | コメント:0

ガンマナイフ

この日は朝8時半過ぎに病院に到着しました。

既に母親は病室にいて座っていました。

父親、尿道を通す処置をしていたようで。

私は数日前から体調不良…というか、明らかにストレスやら何やらで食事がノドを通らず

朝は起きるのがやっと、フラフラ状態でした。

炊飯器の釜を開けて「おぇ」っとなるの、約5年ぶりでした。

つわりか!!と言うくらい、しょっちゅう「おぇおぇ」言ってましたもん(笑)

その体調不良な上に、お腹が弱い私なのに冷たいお茶を飲んでしまい、

病院に着いた早々、お腹を壊すという厄介な感じでした。

トイレから帰ると母親は病室にいなくて、父親の元にいました。

尿道を通された父親

「気持ちが悪いんじゃ。なんじゃこりゃ。するならする!って言えーや」

みたいなことを言っていました。



そのまま父親は麻酔で寝ました。

それが9時ごろ。

それから延々と母親と2人だけの時間です。

母親と

「これってさー。早く来る意味あったん?別におらんでもいいんじゃない?」

と何度言ったことか(笑)

それくらい私たちがいた意味が分からない。

ガンマの説明なんて前日までには終わってたみたいだし。



父親が戻ってきたのは11時ごろですかね。

もちろん眠ってます。

そして何やら器具が頭に刺さってました。

これに気付いた父親、きっと暴れるだろうなーと思い

「何時ごろに麻酔って覚めますか?」

って聞いたら

「知りません!!!」

と言われ…。

おいおい。分からんから聞いてるわけだし、だいたいの目安ってあるだろう。

平均的なお目覚め時間とかさ…それだけでを知りたかっただけなのに、

ちょうど、弟も来ていて、母親と3人で

「なんなん?あの態度。感じ悪いわー。なんなんよ!!」

と、これまた何度言ったことか。



父親は、その後も眠り続け、いよいよ処置の時間がやってきました。

一緒に行き、先生との話。

腫瘍は16個。

放射線の量が決まっていること、かなり厳しいことは分かりましたが、

私もポーっと聞いていたので、何をどう聞いていいのか分かりませんでしたが、

とにかく「厳しい」ということだけは分かりました。

そして一番大きな腫瘍は小さくなっても、今の状態が回復することは難しいと言われました。

あとは再発の可能性もあるということ。



正直、ため息しか出ませんでしたが、暗くなっても仕方ない。

足を突っ込んだ以上、進むしかない!

そう私は決めたので、ただ「がんばろう」としか思いませんでした。

父親に対して頑張ろう、母親に対して頑張ろう…というより、

私自身に「頑張ろう」って言っていたと思います。



ヒロとユウのお迎えが迫っていたので16時半ごろまで病院にいました。

その時間になっても父親は処置室から出てこず、母親1人残して帰りました。

その日は母親も病院に泊まりました。

(病院から暴れるかもしれない、徘徊するかもしれないから…という理由だったそうです)

結局、朝まで起きることなく、母親もぐっすり眠ったそうです。

途中、バイタルチェックとかで父親の体を触った時に

「やめーや!!」「もーえーんじゃ!!」みたいなことを言っていたそうですが。



そして翌朝、退院となりました。
  1. 2017/02/04(土) 07:00:00|
  2. 父親の闘病記
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あれ?父親の様子が変だぞ

翌日のお昼も病院に行きました。



が、この日から父親の様子が変でした。



病室に父親はいなくて、ナースステーションの一角に移動させられていました。

理由は徘徊。

…というか、自分で排泄をしたくて動こうとするのですが、

入院でベッドから動いていないこと、左半身が上手く動かないことから転倒の恐れがあるからと

ナースステーションへ移動させられていました。



この日から父親に対しての病院側の対応の仕方に家族3人、不満を持つようになりました。



とにかく排泄のお手伝いをしようとしない。

時間になると排泄交換。

いわゆる紙パンツです。

それに抵抗のない父親でしたが、それを奪われると人として対応してくれていないように見えます。



父親のいない病室に入ったとき、言い方は悪いですが、

単に生かされているだけの人たちばかりでした。

父親はまだこの世界の人ではない…そう思い、悲しくなりました。



本当、人を人として扱っていない…

何を言っても、何を質問しても冷たい…

そんな感じでした。

よく入院したらボケる…という話を聞きますが、父親もその段階になろうとしていました。



そして夕方、父親から電話があり

「今から来るんか?」

と。

「行くよー」

と伝え、その5分後にまた同じ電話。

正直「ん?」とは思いました。



病院に到着後、看護師から

「同意書にサインをしてください」

と、いきなり言われました。

もちろん、そのあとにちゃんと説明を受けましたが、とてもじゃないけど「温かい」感じではなく

本当に事務的、本当に機械的でした。

要は、動くので四肢の固定をします…というものでした。

日中、輸血の管が抜けて輸血が出来なくなってしまった父親。

病院側は父親の責任としていましたが、果たしてそうでしょうか。

もう丸2日、点滴をしていた父親。

輸血だけ抜くでしょうか…。

もしかしたら、輸血の針が中途半端だったのでは?そう思ったりもしました。

だってね。100cc以上も漏れてたんですよ。

看護師も気付けよ!って話ですよ。

分かりませんが。。。

先生も看護師も、父親のことを「認知症」と判断していました。

「認知が進んでいるからガンの治療も出来ないであろう、入院は出来ないであろう」

そう言われました。

でもね。

私たち家族からしたら、そうではないと確信していました。

目を見たら分かるから。

脳の病院だからだろうか、そういう人たちばかりを見ているからだろうか。

もうね、そういう風にしか見ないというかね。

それで苛立ちも覚えていました。



実際、看護師もぬるいなーって思う場面が多々ありました。

車椅子からベッドに移るとき、車椅子の後ろに点滴の棒?があったんです。

父親が前に進むと、身動きできない点滴の管がピーンと張って抜ける可能性もある。

それなのに、そのまま父親を移動させようとするので、

「点滴を前に持って行った方がいいんじゃない?」

と言うと、何となくボケーっとした感じで「なんで?」みたいな表情。

「いや、管がピーンと張ったら動きにくいし抜けるかもしれんでしょ?前に持って行っとかんと」

と言うと、何となく伝わった感じで、点滴の棒を父親の顔より上に持ち上げようとしたので

「いやいや。これだったら顔に当たるかもしれんでしょ。まず車椅子を後ろに下げてからじゃないの?」

もうねー。

なぜ素人の私が1から10まで指示せんといけないの?って感じでした。



あと、輸血が漏れたあとの対処も。

父親の手に血がついていたんですよね。

輸血漏れという事は他人の血。

それを適当に拭いて終わった感じが見受けられたので

「この手、キレイに洗ってもらえません?普通、洗うでしょ!」

って、きつく言ってしまいました。

いや、そうでしょ。

いかに適当にしてるかが見て取れる。

洗うときも「点滴が水についたらいけんから…」とか言って洗ってたので患者が洗えるわけないんですよ。

それに1人で動くことを禁じられていた父親なので洗いに行けるわけが無い。



そんな感じで夕方は晩ご飯も一緒に食べました。

完食で少ないみたいです。

元々、よく食べる父親なので確かに量としては少ないなと思いました。



この日はヒロとユウも連れて行きました。

インフル警報中だったので、遠目で会っただけ。

バイバイだけして帰りました。



そして次の日はガンマナイフ…脳腫瘍をやっつける日です。
  1. 2017/02/03(金) 07:00:00|
  2. 父親の闘病記
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告知を受けた次の日

その日、旦那に一部始終を話し、布団に入ったのですが、寝れるわけなく。

ウトウトした程度でした。

朝、母親に電話をして「ちゃんと寝た?」と言う会話。

母親は

「う~ん。ウトウトしたくらいかな」



沈黙。



そこから2人で泣く。



私、仕事へ行く前だったんですけどね(笑)



「とにかく頑張ろうな」

それだけ伝えました。



お昼になり職場から病院へ行きました。

職場から近い脳専門病院に入院をしていたので、ダッシュだと行って帰れる…そう思ったので。



SCU治療室に入ると、父親のベッドの前に母親がいました。

カーテンで仕切られてて、どうやら排泄をしてもらっていたようでした。

そのカーテンの奥で父親が普通の声のトーンで

「悪いのー。世話かけるのー。いやーすまんなー」

と、何だろう…妙に元気な声(笑)



母親曰く

「若い看護師さんによくしてもらっとるみたい。話が出来て嬉しいみたいよ」

と。



何やねーん!!!



心配して損した!!!



少しだけ顔を見たのですが、少し落ち着いていましたが、やっぱり落ち込んでいましたね。

「あ?姉ちゃん(私)どーしたん?仕事じゃないんか?」

顔を見て少し安心したのもありましたが、普通に話をしていて安心もしたので

「昼時間が終わるけー、帰るわ」

と、父親との会話はそれくらいで帰りました。

母親とカーテンの前にいた時間の方が長かったです(笑)



この日は、再度MRI検査。

腫瘍がどれくらいあるか、どのような処置をするか、その検査でした。

結果は弟から電話で聞きました。

腫瘍が7個くらいあること、そのうち1つが大きく神経だか何かを覆いかぶさるようにあるので取れないこと、

その大きいのが左半身の運動神経の悪さをしていること、それは治らないこと、

貧血がよくなったらガンマナイフで腫瘍を飛ばすこと、それを聞きました。

そっか。

父親の左はもう治らんのか。。。

そう思いましたがショックはありませんでした。

リハビリさえすれば、ある程度は何とかなるんじゃないかな?そう思っていたので。

ただ腫瘍が多いんだなー、転移がすごいんだなーというショックはありました。
  1. 2017/02/02(木) 07:00:00|
  2. 父親の闘病記
  3. | コメント:0
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Author:mika
出身地:広島県

2012年9月に産んだ男児×2の双子の事、
2011年に建てた家の事を書いています。

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