二卵性のふたご日記

2011年新築、2012年9月双子出産の日記です♪

退院しました

父親の話です。

先日の記事は予約投稿だったのですが、

金曜日の夕方、やっぱり気になったのでヒロとユウを連れて病院に行って来ました。



この日の父親は、急きょ、輸血をしたらしく、3時間の点滴が終わったあとでした。

ボーっとしていました(疲れてた…という意味)



「どしたん?」

と聞くと、

「疲れたわー」

と。



そりゃそうだよね。点滴3時間はしんどいわ。



元気がないというか、退院の終わりが見えない感じがストレスになり苛立ちになり

体力も落ちていたので元気もなく。



ユウから、イワシとピーナッツのおつまみを貰い ← ユウからの手土産

ヒロに「バナナ食え!」と、バナナを渡し、

そして、しばし話をしたのち、

「雨も降るし、暗いけー、はよ帰れ」

と。



滞在時間、20分少々。



いつものように玄関まで送ってくれました。



あれ?元気ちゃう?



そして、夜に母親に電話。

なぁんとなく落ち込んでる母親でした。

「何、落ち込んどんよ。いけんじゃろー」

と、励ましなのか何なのか話をして終わり…。



翌日、私は仕事。

昼からヒロとユウを連れて行こうと思っていました。



10時前に母親から電話。



「父さん、退院するみたいじゃけー、行ってくるわ」



はぁ???



昨日「しんどいわー。ご飯、欲しくないんじゃわー」と言ってた人がですよ?

それまで「今、退院したら3日で死ぬ」と医者から言われた人がですよ?

それまで「血液量が通常の2/3しかない」と言われていた人がですよ?



退院ですか?



で、お昼から実家へ行くと、普通に過ごしている父親。

様子を聞くと

「調子?ええでー」

と。



まぁ、半分は気を遣ってくれてる部分はあると思うし、万全ではないと思いますが、

それでも前日の病院とは全然違う表情と声。



父親の場合、抗がん剤…というより、貧血の部分が大きいと思います。

全体を調べても、出血は認められないし、要は鼻血のみ。

1度、止まらなくて母親が呼ばれたことがあるんですが(父親、怖くなったのだと思います)

それ以外は普通。

まぁ、白血球の数値は下がりましたが。



そして自宅に帰ってきた父親は、入院前と何ら変わらず。

痩せはしましたが、抗がん剤の影響で痩せたというより心労と食事でしょうかね。

髪の毛も抜けていません。60代のわりにフッサフサです。

(頭皮は全く見えません…白くはなったけど)

嘔吐もなかったようだし、ただムカムカはするなぁ~という程度。



でもね…。

実は何も変わってないんですよね。

治った訳ではないし、治療は続くわけだし。

でも退院すると、覚悟の気持ちが緩みます。

「あ~大丈夫なのかも」

そう錯覚させられます。

でも本当は、何も変わってなくて。

そのあたり、何となく複雑なんですよね。

でも退院したことは本人にとってはプラスになってることは間違いないと思います。



今週から治療の第2クール。

通院による治療の開始です。



ヒロとユウを連れて、あまり実家には行けないなぁ~とは思ってるので早々に退散をしました。

(と言っても2時間弱?)

疲れるだろうし、何より…菌を持ってたらイカンですからね。

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  1. 2017/04/10(月) 14:25:02|
  2. 父親の闘病記
  3. | コメント:0

これで良かったのか…と思うとき

父親の話です。

抗がん剤を投与して2週間。

最初は3週間の入院予定でしたが、投与後に

「2週間で退院できそう」

と言われ、家族みんな…特に父親は喜んでいたんです。



が、投与後1週間を過ぎたあたりから、

白血球の数値が上がらない

貧血

と、次から次へと問題が発生。

そして「退院がいつになるか分からない」と言われたそうです。



父親も気持ちの面で弱ってきておりまして、弱気メールも増えてきました。



ユウがインフルになり、私も病院に行っていなくて、情報は母親からの電話と父親のメール。

時々、弟からのメールだけ。

父親がどんな状況かも分からず悶々とする日々でして。

インフルにならなければ、私1人で行けるのですが、

さすがに家族がインフルの場合、私も菌を持っている可能性もあるので

白血球数値が下がっている人のところには行けなくて。



さすがに父親から弱気メールが届くと落ち込みます。

そういうのを言わない人というか、あまり私には弱いところを見せないというか。



昨日、母親とも話をしたんですが、

「この選択で良かったのだろうか」



きっと誰もがぶつかる壁だと思います。



こうやって辛い治療をして、家に帰りたくても帰れない。

狭いベッドの上で過ごさないといけない(一応、ウロウロはできるけど)

母親のご飯を食べる事もお腹いっぱいにご飯を食べる事も出来ない。



それが残された中で過ごすには最適な選択だったのだろうか。



治療をすると長く生きられる可能性はあります。

それが数ヶ月、半年、数年…分かりませんが。

治療をしなければ、自由に過ごせるけれど、

確実に弱っていき、そして最後には病院のお世話になり緩和ケアとなる。



父親は、治療という道を選び、私たち家族はそれに進んで行こうと決めました。

良くなるかもしれない…そう父親は思っていると思うから。

でも。

完治はしません。

それは誰もが分かっていること。

治療をしても、ほんの少しだけ延命するだけ。



悲しいけれど、それが現実なんですよね。



でも父親を励ますことしか出来ないんですよね。

「がんばれ」

とは言えないので

「今、戦っとるんじゃけー、体が一時的に弱るんよ、きっと。もう少ししたら上がってくるよ。

 白血球も今がピークに下がるらしいけぇ、それ以降よ。来週には家に帰ろうや」

精一杯のメールしか出来ません。



ガンになっても食欲だけはあった父親。

4月から食事の委託業者が変わり、時間になってもご飯が届かない、冷たいなどがあって、

そういう苛立ちも出てきている上に、退院が出来ないかもしれないという思いもあるのか、

そして体調自体も芳しくないようで、ご飯を食べていないようです。

「食欲があるのだけでも良かったよなぁ~。

 食べれずに吐きばっかりするのを見るのは、しんどいしな」

という話を母親としていたのですが、食べれない父親は、さすがに弱ってるのかも…と思ってしまいます。



ちなみに抗がん剤の副作用は、よく言われる嘔吐はほとんどなかったようで、脱毛もありません。

ただご飯の量が家にいたころとは雲泥の差なので、痩せてしまっています。



とりあえず今日、久々に父親のところに言って普通に話をしようと思います。

  1. 2017/04/08(土) 07:00:00|
  2. 父親の闘病記
  3. | コメント:0

知らないことばかり

父親が入院をして治療を開始したのですが、知らない世界が多いです。

私、てっきり抗がん剤というのは毎日投与するのかと思ってたんですが、

たった1度、点滴で入れたら終了なんですね。

3週間の入院なんですが、あとは副作用とかを見るだけなんだそうです。

副作用も出る人、出ない人、強く出る人、弱く出る人、人それぞれだし、

抗がん剤も日進月歩で、1ヶ月前、1ヶ月後で認可も変わってくるようなんですよね。



私なりにネットで、いろいろ調べたりもしましたが、

一般的な副作用や効能は書いてあるものの、その先に見えるものが何なのか分からなくて。

同じように抗がん剤治療をされた方のブログを読んでも、これまた人それぞれだし

必ずしも良い結果になるブログばかりではないので、あまり読みたくないんですよね。



今のところ、父親に副作用らしきものは出ていないようで

ただ退屈、ただヒマ。

それが一番みたいで、それを考えると可哀想だな~と思います。

ご飯も美味しくないらしく、楽しみ半減だと思います。

土日は母親がお昼ご飯を作って持って行っています。



こうやって父親が病気で入院をしていること、実は未だに信じられないというか、

何か他人事というか、何かピンとこないというか。

今もですが「父親が病気になるとは思ってなかった」というのが強いんですよね。

病気になるような人ではないと思っていたので、まさか…なんですよね、今でも。



でも、こうやって親が病気になり入院をして思います。



地元にいて良かった



遠いとやきもきする。

すぐに病院に行けないし、病院なので電話も出来ないのでメールのみで、状況も分かりにくいと思うけど

近いと、電話は出来ないけど、気になればすぐに行ける。

顔を見て5分でも10分でも話せば満足なんですよね。



ただ私は何をする訳でもないんですよ。



病院に付き添って行くわけでもないし、父親の病状を先生から聞くわけでもない。

診療方針に関して質問するわけでもないし、こうして欲しいと言う訳でもない。

父親の病気の状況は母親から聞いたり、あとは説明の時に病院から貰ったと思われる書類を読んで

「そうなのかー」と。

それを覚えて家に帰ってネットで調べるくらい。

基本的に、先生の話を聞いたりは弟がしています。

何かそれでいいのかな…と。

弟の役割?弟がそうしたいのであれば、そうしたらいいと思う。

私は…出来ない気がします。

(弟からしたら「少しは病院へ行って話しでも聞いてみろよ」って思うかもしれんけど…)

私は、お見舞いに行って、ちょっと話をして「そいじゃね」と帰るだけ。

それでいいのか?と思うけど、何かそれでいいのかなと。

深く考えないように、それを悟られないように、あくまでも普通に過ごすことが一番な気がします。

それに、父親もあまり私には言わないし。

どちらかと言うと弟にあれやこれや言っているんじゃないのかなと。

分かりませんが、そういう気はしています。

娘の役割、息子の役割、それぞれだと思うのですが、私なりに娘としての役割をしていこうとは思います。



あと、私が人のブログを読まないようにしている理由は、

ほぼ100%近い確率で残念な結末を迎えているから。

父親の強運で、普通に病気と共存して長生きするんじゃないか…とすら思っているので、

そこで、そういうブログを読みたくないんですよね。

私の中で保っているものが崩れるのがイヤなので、なるべくいい状態(プラスな考え)で

病気と闘う家族としていたいんですよね。

とは言っても、気持ちの浮き沈みもあるので、いつもプラスではありませんが。



とりあえず、抗がん剤1クールが早く終わらないかなと。

今回の抗がん剤が少しでも効いてくれればいいな。

それを願うのみ。

でもまた、少ししたら2クール目が始まっちゃうんだよね。

闘病ってこういう事を言うんだなーと実感しているところです。


  1. 2017/03/27(月) 15:44:38|
  2. 父親の闘病記
  3. | コメント:0

もう自由にしていいと思う

父親の話になります。



最初の病院は脳の病院でした。

そこでガンマナイフ(ガン細胞を打ち砕く…というイメージです)をした翌日に退院をしました。

家に帰って、その日は家族全員集まり、鍋をしました。

父親、楽しかったと思います。



そしてここからは諸悪の根源である肺がんの治療。

転院をして、問診。

そして内視鏡でガンの組織を取って、病理検査をする予定でした。

が、失敗。



父親は鼻血がすごいんです。

本当に止まらないらしく。

私も鼻血が出やすいの、そこは父親譲りなのですが、父親の鼻血の量は半端ないらしいです。

で、内視鏡をしていたら出血し、それから逆流。

窒息してはいけない…ということから中止となりました。



そして耳鼻科へ行き、鼻の奥を焼いてもらい出血をしにくくしてもらい、

再度、内視鏡をすることになりました。

が、また失敗。



病院側としても、これ以上は内視鏡をしても同じことの繰り返しになるからと、

背中から針を通して、そこから組織を取ることになりました。



そして同時に、主治医の先生から父親の現状について話がありました。



肺がん、ステージⅣ

脳転移、肝転移、その他転移があるかは検査

完治はない、ガンと共存していく形



父親は

「あとどれくらい生きられるんですか」

と先生に聞いていましたが、先生は

「それは分からない。神様のみ知ることだから。僕たちはよくなるように頑張るだけ」

そんな感じのことを言っていました。



私は父親の後ろに立って話を聞いていたのですが、父親がすごくすごく小さく感じました。

ショックは受けていたと思います。

話が終わり、弟が父親を連れて外に出たのもあるのですが、

それ以降、顔は見れませんでしたし、実は話もしていません。



たぶん。

父親は覚悟をしていると思います。

残された時間が少ないということを。

言いませんが、そうだと思うし、母親がそんな感じの事を言っていました。



父親と弟が外に出て行ったあと、私は先生にあることを尋ねました。

「実はまだタバコを吸ってるんですが、先生から止めるように言ってもらえませんか?」

先生は

「そっか。吸ってるか」

と、話を始めたのですが、それから

「余命なんですがね…」

と。

命の期限を聞かされました。

もちろん母親も一緒に聞きましたが驚きはしませんでした。

脳の病院でも同じ期限を言われていたので。

そして

「もう自由にさせてあげてもいいと思うんです。吸いたいなら吸ってもいいし、

 止めようと思うならそうしてもいいし、本人がやりたいようにさせてあげたらいいと思うんです。

 僕らが“止めなさい”というのは簡単だけど、それで患者との関係が悪くなるほうが

 今後の治療やその後に悪影響だから。

 それに、そんな人はたくさんいます」

そう、仰いました。



今まで母親は強く強く父親に言っていましたが、

「もう、タバコのことは言わん」

と言ってました。



まだまだスタートラインにも立ってない父親の治療。

今後、どうなっていくのか、さっぱり分かりません。

でも少しでも楽しく、少しでも後悔のないように…

結局は、いつもと変わらない日々を過ごしたい。

そう思ってます。



土曜日、バレンタインを実家に持って行こうと思います。

ちょっと前に父親が

「モンブランが食べたいんじゃ」

と言っていたので買って行こうかなと。








訪問して頂きありがとうございます。
実は今日、その肺に針を通して組織を取る手術というか、処置があります。
私は行きませんが…(薄情と思わないでください)仕事帰りに子供たちと行ってこようと思います。
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  1. 2017/02/10(金) 07:00:00|
  2. 父親の闘病記
  3. | コメント:0

ガンマナイフ

この日は朝8時半過ぎに病院に到着しました。

既に母親は病室にいて座っていました。

父親、尿道を通す処置をしていたようで。

私は数日前から体調不良…というか、明らかにストレスやら何やらで食事がノドを通らず

朝は起きるのがやっと、フラフラ状態でした。

炊飯器の釜を開けて「おぇ」っとなるの、約5年ぶりでした。

つわりか!!と言うくらい、しょっちゅう「おぇおぇ」言ってましたもん(笑)

その体調不良な上に、お腹が弱い私なのに冷たいお茶を飲んでしまい、

病院に着いた早々、お腹を壊すという厄介な感じでした。

トイレから帰ると母親は病室にいなくて、父親の元にいました。

尿道を通された父親

「気持ちが悪いんじゃ。なんじゃこりゃ。するならする!って言えーや」

みたいなことを言っていました。



そのまま父親は麻酔で寝ました。

それが9時ごろ。

それから延々と母親と2人だけの時間です。

母親と

「これってさー。早く来る意味あったん?別におらんでもいいんじゃない?」

と何度言ったことか(笑)

それくらい私たちがいた意味が分からない。

ガンマの説明なんて前日までには終わってたみたいだし。



父親が戻ってきたのは11時ごろですかね。

もちろん眠ってます。

そして何やら器具が頭に刺さってました。

これに気付いた父親、きっと暴れるだろうなーと思い

「何時ごろに麻酔って覚めますか?」

って聞いたら

「知りません!!!」

と言われ…。

おいおい。分からんから聞いてるわけだし、だいたいの目安ってあるだろう。

平均的なお目覚め時間とかさ…それだけでを知りたかっただけなのに、

ちょうど、弟も来ていて、母親と3人で

「なんなん?あの態度。感じ悪いわー。なんなんよ!!」

と、これまた何度言ったことか。



父親は、その後も眠り続け、いよいよ処置の時間がやってきました。

一緒に行き、先生との話。

腫瘍は16個。

放射線の量が決まっていること、かなり厳しいことは分かりましたが、

私もポーっと聞いていたので、何をどう聞いていいのか分かりませんでしたが、

とにかく「厳しい」ということだけは分かりました。

そして一番大きな腫瘍は小さくなっても、今の状態が回復することは難しいと言われました。

あとは再発の可能性もあるということ。



正直、ため息しか出ませんでしたが、暗くなっても仕方ない。

足を突っ込んだ以上、進むしかない!

そう私は決めたので、ただ「がんばろう」としか思いませんでした。

父親に対して頑張ろう、母親に対して頑張ろう…というより、

私自身に「頑張ろう」って言っていたと思います。



ヒロとユウのお迎えが迫っていたので16時半ごろまで病院にいました。

その時間になっても父親は処置室から出てこず、母親1人残して帰りました。

その日は母親も病院に泊まりました。

(病院から暴れるかもしれない、徘徊するかもしれないから…という理由だったそうです)

結局、朝まで起きることなく、母親もぐっすり眠ったそうです。

途中、バイタルチェックとかで父親の体を触った時に

「やめーや!!」「もーえーんじゃ!!」みたいなことを言っていたそうですが。



そして翌朝、退院となりました。
  1. 2017/02/04(土) 07:00:00|
  2. 父親の闘病記
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出身地:広島県

2012年9月に産んだ男児×2の双子の事、
2011年に建てた家の事を書いています。

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